医師と患者の権利・義務(その1)

-医師は患者を拒めるか-

先日、今年2月に実施された「第107回医師国家試験」の問題と解答が公表されました。
「第107回医師国家試験」の問題と解答

例題に、次のような問題がありました。

例1) 応招義務を規定しているのはどれか。
a 刑法
b 医療法
c 医師法
d 健康保険法
e 地域保健法

例2)医師法で医師の義務とされているのはどれか。2つ選べ。
a 守秘義務
b 応招義務
c 診療情報の提供
d 医業従事地の届出
e 医療提供時の適切な説明

注)上記医師国家試験で、「応義務」ではなく「応義務」となっていたので、本稿では「応招義務」と記します。

 

解答は、例1)がc、例2)がbとdです。MG010012

 

医師法には、医師になるための資格要件や医師の独占業務、権利・義務等が規定されていますが、今年の医師国家試験の例題に出題されたこともあり、医師の権利・義務について概観してみたいと思います。

医師の権利・義務

医師法に定める医師の権利としては、医業を営むことができることと(法§17)、医師の名称を用いることができること(法§18)の二つをあげることができます。

では、医師の義務としてはどのような義務があるでしょうか。医師法では、以下のものを挙げています。

・応招義務(19条1項)
・診断書等の交付義務(19条1項)
・無診察治療の禁止(20条)
・異状死体等の届出義務(21条)
・処方せんの交付義務(22条)
・療養方法等の指導義務(23条)
・カルテ作成義務(24条1項)
・カルテ保存義務(24条2項)
・医業従事地の届出義務(6条3項)

医師の義務はこれだけにとどまらず、各種の取締法により様々な義務が課せられていますが、今回は、医師の応招義務について考えてみましょう。

 ◆医師の応招義務

患者の権利意識の高まり、密室でケアを行う病院固有の事情などから、医療機関では様々な院内暴力や暴言が発生し医療従事者を悩ませています。

医師法19条1項 では
「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」

と、医師の応招義務を定め、「正当な事由」がなければ患者を拒めないとされています。

通常、契約関係においては、契約をするかしないか、どのような契約をするか等については、当事者の自由意思に基づいて決定されるのが原則ですが、診療契約については、この応招義務の規定により、医療機関側の契約締結の自由が制限されています。

 しかし、ベッドが満床だったり、対応できる医師が不在だったりで救急患者を受け入れられない場合や、患者が何度注意しても大声で騒いだり他の患者に迷惑をかけるような場合は、診療を拒否せざるを得ない場面もあるかと思います。

このような場合、医師法に定める「正当な事由」に該当するかどうかが問題となります。「正当な事由」があれば、診療を拒んでも医師法違反にはなりません。

「正当な事由」がある場合とは、健全な常識ないし社会通念に照らして、一般に妥当とされ、やむを得ないと認められる場合を意味します。例えば、上述のように医師が不在であるとか、ベッドが満床であるとか、実際に患者受け入れや診療が不可能である場合です。

したがって、患者の再三の求めがあるにもかかわらず、単に気が進まないとか、軽度の疲労があるとか、あるいは、散歩などのため、呼べばすぐ戻りうる程度の所に外出中であるといったような理由で、診療の求めを拒否することは許されず、これらは、いわゆる「正当な事由」に該当しないことになります。

ただ、診療を拒否しても、現行医師法による処罰規定はないので、民事上の責任はともかく、応招義務違反を処罰し刑事責任を追及することはできません。

なぜなら、この応招義務は、学説上、医師の医業独占業務(§17)及び医業の公共性から要請される公法上の義務(国に対して負う義務)とされ、医師本来の職業上、倫理上の義務と解されているからです。

つまり、私法上の義務(患者に対して負う義務)ではなく、患者が診療を受けられるのは医師のこの公法上の義務から生ずる反射的利益によるものと解されており、位置づけとしては、訓示規定に近いとも言えます。

しかし、地方裁判所の判決レベルではあるものの判例では、応招義務を民事上の違法判断に適用するようなものが見られており、医療機関としては注意が必要です。

次回は、問題となった判例をみてみましょう。