看護職員の勤務環境の向上にむけてーモチベーションから見た組織マネジメントの可能性ー(4)・完

5.「働きやすさ」と「働きがい」の違い・関連性と「モチベーション」

(1)「働きやすさ」と「働きがい」
 メディカルニュース第19号においても『「働きやすい」「働きがい」のある組織づくりとリーダー育成』と題して、主に職場環境改善のための組織マネジメントに焦点を当てご紹介をさせていただきました。本項では、そもそもの「働きやすさ」と「働きがい」の違いや関連性について、アメリカの臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグの「二要因理論」を元に考察します。

 ハーズバーグの「二要因理論」は、「動機付け要因・衛生要因理論」とも呼ばれています。この理論では、仕事に対する満足感をもたらす要因と不満足感をもたらす要因は全く別の要因であるとされています。仕事に対する満足感をもたらす要因(動機付け要因)は仕事の内容そのものと密接に関連する「達成感」「承認」「責任」「昇進」「成長の可能性」といった要因であり、不満足感をもたらす要因(衛生要因)は職場環境と密接に関連する「会社の方針と管理」「仕事上の対人関係」「作業環境」「身分」「安全保障」「給与」といった要因であるとしています。ハーズバーグによると、「動機付け要因」が満たされることで満足感が高まりモチベーションの上昇につながり、「衛生要因」が満たされることで不満感は解消されるもののモチベーションの上昇にはつながらない、ということです。

 ハーズバーグの理論における「衛生要因」は「働きやすさ」、「動機付け要因」は「働きがい」という言葉に置き換えることもでき、「働きやすさ」と「働きがい」を生み出す要因は異なるものの、「働きやすさ」を十分に充実させたうえで「働きがい」を刺激する職場を作ることが理想的であるといえます。

「働きやすさ」が過度に充実すると、外からの動機付け(例えば給料の高さ)のみを拠り所にして、自分自身の内面からくる向上心や周りへの協力の意欲が低くなり、何かあると周りのせいにして、時には非協力的な態度をとる人が出てきます。これが、いわゆる「ぶら下がり人材」です。「ぶら下がり人材」は、特に仕事が一通りできる中堅・ベテラン層に多くみられる傾向があります。ぶら下がり人材が多いと、同じ職場の若年層に影響を与え、職場全体の活力が低下することもあります。

 ぶら下がり人材は、外的要因(ハーズバーグの理論で言う「衛生要因」)を重視するため、給料などの待遇や作業環境など「働きやすさ」を向上させることで不満感は解消されますが、「働きがい」を向上させることは困難でしょう。つまり、「働きやすさ」を充実させるだけでは、ぶら下がり人材のモチベーションを上昇させることは難しいといえます。そこで、自分自身の内面からくる「達成感」「承認」「責任」「昇進」「成長の可能性」といった「働きがい」(ハーズバーグの理論で言う「動機付け要因」)を刺激すること、すなわちモチベーションを上昇させることが求められます。

(2)モチベーション・マネジメント
 モチベーションとは、やる気、動機などと訳されますが、より詳しい定義は「個人内に生起するエネルギッシュな一組の力。行動を引き起こし、その形態、方向、強さ、継続性を決定するもの」(松井賚夫立教大学名誉教授による定義)という複雑なものであり、また目で見ることはできません。では、どのようにして看護職員の「働きがい」を刺激し、モチベーションを上昇させればよいのでしょうか。

 最近では、従来の職員満足度調査を発展させ、満足度の調査だけではなく、対象となる看護職員が関心をもっているもの、重視しているものや仕事への思い入れをアンケート調査し、その分析結果をもとに「働きがい」を刺激する対策を講じるという取り組みが行われています。アンケート調査・分析により職員のモチベーションを可視化できれば、何がその職員にとっての「働きがい」かを把握して、モチベーションを上昇させる対策を考えることができ、ひいては組織の課題も明らかになります。このように、職員のモチベーションを管理することで組織マネジメントに活かす「モチベーション・マネジメント」は、看護職員の「離職の防止」や「定着率の向上」、「組織の活性化」を図る上で極めて有用であると考えます。

 6.おわりに
 ここまで見てきたように、厚生労働省や日本看護協会による取り組みを中心に勤務環境改善システムの構築は進みつつあり、一定の成果をあげている現状があります。

 もちろん、看護職員が無理なく働けるような勤務環境の枠組みを整えることは、重要です。しかし、それだけではなく、看護職員の「働きがい」を刺激することによって、モチベーションを上昇させ、定着率の向上や組織の活性化を図る「モチベーション・マネジメント」も、看護職員の離職や勤務状況を改善するための有効な施策になるのではないでしょうか。

 これまで、看護職員の人材マネジメントに関しては、現場任せにされることが多く、組織全体として行われる機会はほとんどありませんでした。組織のマネジメントを任される人材は、仕事の能力が高く、人間的にも魅力的な方が多いでしょうが、個人の能力に依存した組織運営には限界があります。大切なのは、組織全体として「モチベーション・マネジメント」に取り組むことではないでしょうか。

 【編集後記】
 「日本でいちばん大切にしたい会社」で紹介された日本理化学工業の大山泰弘会長は、その著書「働く幸せ」の中で、働くことによって、人間の究極の幸せとされる「人にほめられること」「人の役に立つこと」「人から必要とされること」「人に愛されること」を得ることができると言っています。本来であれば我々にこれら多くの幸せを与えてくれるはずの「仕事」によって、大手企業で若い尊い命が犠牲になっているニュースが世間を賑わせている状況があります。今後、ますます労働力を確保することが難しくなることが見込まれるわが国において、安心して「働き、生活していける」社会にするために必要なこととは何なのでしょうか。
 2017年がスタートしたところではありますが、昨今の世界情勢を鑑み、各国が内向き・排他的になっていることを危惧する声が多く聞かれます。個人的には、人の価値観に上下や正誤はないものだと思っています。多様性を受け入れながら、考え方や立場が異なる人とも協力し合っていくことこそが最も重要になるのではないでしょうか。多くの方々の価値観が尊重され、あらゆる職場で「働く幸せ」を実感できる社会になることを願っています。

 <参考・引用文献、URL等>
*公益社団法人日本看護協会『看護職の終業継続・再就業促進のために考えておくべきこと~少子超高齢社会の人材確保を考える~』(2016年7月14日・日本医業経営コンサルタント協会継続研修会資料)
*厚生労働省『看護職員の現状と推移』(平成26年12月1日・第1回看護職員需給見通しに関する検討会資料)
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000072895.pdf
*看護師の離職率、常勤は11%、新卒は7.5%、小規模病院で高水準―日看協調査 | メディ・ウォッチ | データが拓く新時代医療
http://www.medwatch.jp/?p=2731
*日本医療労働組合連合会『医療労働・臨時増刊』(2014年1月31日発行)http://irouren.or.jp/research/%E5%8A%B4%E5%83%8D%E5%AE%9F%E6%85%8B%E8%AA%BF%E6%9F%BB.pdf
*http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/actions/201610/13hatarakikata.html
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/dai1/siryou3.pdf
http://www.medwatch.jp/?p=2731
*厚生労働省福岡労働局「看護職等医療従事者に関する労働基準法Q&A」
http://fukuoka-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/library/fukuoka-roudoukyoku/5kanto/kango/q_and_a.pdf#search=%27%E7%9C%8B%E8%AD%B7%E8%81%B7%E7%AD%89%E5%8C%BB%E7%99%82%E5%BE%93%E4%BA%8B%E8%80%85%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%8A%B4%E5%83%8D%E5%9F%BA%E6%BA%96%E6%B3%95Q%EF%BC%86A%27
*厚生労働省福岡労働局「医療機関向け労働基準法のポイント(Q&A)」
http://fukuoka-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/library/fukuoka-roudoukyoku/5kanto/kango/point.pdf#search=%27%E5%8C%BB%E7%99%82%E6%A9%9F%E9%96%A2%E5%90%91%E3%81%91%E5%8A%B4%E5%83%8D%E5%9F%BA%E6%BA%96%E6%B3%95%E3%81%AE%E3%83%9D%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%88%EF%BC%88Q%EF%BC%86A%EF%BC%89%E3%80%8D%27
*厚生労働省HP「医療従事者の勤務環境改善について」http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/quality/
*「特別企画 医療従事者をめぐる職場環境と働くうえでの課題」Business Labor Trend2012年12月号
http://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2012/12/028-0 41.pdf#search=%27%E7%89%B9%E5%88%A5%E4%BC%81%E7%94%BB+%E5%8C%BB%E7%99%82%E5%BE%93%E4%BA%8B%E8%80%85%E3%82%92%E3%82%81%E3%81%90%E3%82%8B%E8%81%B7%E5%A0%B4%E7%92%B0%E5%A2%83%E3%81%A8%E5%83%8D%E3%81%8F%E3%81%86%E3%81%88%E3%81%A7%E3%81%AE%E8%AA%B2%E9%A1%8C%27
*陽川一守/永瀬隆之「組織とスタッフの活力を高めるモチベーション・マネジメント」(メヂカルフレンド社、2013年)
*永瀬隆之『リテンション・マネジメントの実践:病院ブランドを高める看護組織の作り方』(メヂカルフレンド社、2016 年)

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