平成28年度診療報酬改定からみる「地域包括ケアシステム」への期待~地域社会における認知症高齢者の見守り(1)~

地域社会②新年度開始とともに、いよいよこの4月から診療報酬の算定ルールや点数が変わりました。
各地で関係団体主催の説明会などが開催されていますが、新しいルールへの対応を迫られる医療機関の職員にとっては、算定項目の確認や診療体制の見直し等の対応に追われていることかと思います。

昨今の医療情勢の動向は「地域包括ケアシステム」の構築が前提としてあり、病床機能分化や地域連携、在宅医療等に関する項目については、手厚い配分がなされる傾向にあります。
今改定でも、基本的視点の1つに「地域包括ケアシステム」推進のための取組みを強化することが挙げられ、認知症に対する主治医機能の評価として、認知症地域包括診療科や、認知症地域包括診療加算が新設されています。これは、2年後に予定されている医療と介護の同時改定や、2025 年を見据えた中長期的な政策の流れを踏まえたものとなっています。

「地域包括ケアシステム」とは、高齢者が可能な限り日常生活圏域で生活できるような包括的な支援・サービス提供体制を構築することを目指すものですが、なかでも認知症高齢者の見守りは、「地域包括ケアシステム」の中での重要な施策とされています。
 
 そこで、今回は、この3月1日に最高裁判決が出た認知症訴訟(JR東海損害賠償事件)を題材に、地域社会における認知症高齢者の見守りについて考えてみたいと思います。

まず、認知症訴訟(JR東海損害賠償事件)とはどのようなものだったのか、事案の概要と裁判所の判断を見てみます。

認知症訴訟(JR東海損害賠償事件)とは
(1)事案の概要
 高度の認知症に罹患していたA(当時91歳、要介護認定4)は、同居している妻B(当時85歳、要介護認定1)、離れて暮らす長男Cとその妻Dの在宅介護を受けていました。
Dは毎日A宅に通ってAの介護をし、Cは月に3回程A宅を訪ね、Aの財産管理全般を行っていました。
平成19年12月7日、Aは、B及びDが目を離した隙に外出してしまい、そのまま徘徊して電車に乗り、下車した駅でホーム構内のフェンス扉を開けてホーム下の線路内に立ち入り、列車にはねられて死亡しました。
列車の運行を管理しているJR東海は、本件事故による振替輸送費及び旅客対応に要した人件費等の総計約719万円を、BとC、そしてCの兄弟らを相手に請求し、訴えを起こしました。

(2)裁判所の判断
 第一審は、B及びCに約719万円の損害賠償責任を認め、JR東海が勝訴しましたが、BとCは、これを不服として、控訴しました。
 第二審では、妻Bにのみ約359万円の賠償責任を認め、長男Cには認めませんでした。JR東海は勝訴したものの、認められた額は半減したため、JR東海と、B・Cの双方とも最高裁判所に上告しました。
 そして、平成28年3月1日、最高裁判所は、JR東海の損害賠償請求を棄却しました。
つまり、B
・Cの逆転勝訴という結果になったわけです。

(3)判決への反響から見える問題点
 まず、下級審判決に対して、多くの報道は在宅介護の現実をわかっていないと指摘し、有識者からも、
①介護に深く関わっている者ほど損害賠償責任を問われる結果になっている。
②在宅介護は家族の介護を前提とするが、24時間の見守りは難しいので、短絡的解決方法と
 して「閉じ込める」ことを選択してしまうことも予測される。
などの批判がありました。

確かに、85歳の妻が91歳の夫を介護しなければならなかった現実や、在宅介護における家族の見守りの限界を考えると、これらの批判は納得できるものです。
ただ、判断の当否はともかくとして、裁判所は、損害賠償の支払いと額について、Aの遺族とJR東海の間でどのような線引きを行うのが公平なのかを考慮して、判断を行ったものであるという点は、重要ではないでしょうか。

次に、最高裁判決については、
①最高裁判決は認知症の人の尊厳ある生活を守る妥当な判決。
②認知症高齢者やその家族を社会から隔絶するのではなく、社会全体でともに生きていくこと 
 を司法が宣言したもの。・・・などのように、好意的な評価がある一方で、

①認知症の人への介護を家族がどれだけ努力していたかによって今後も新たな賠償請求訴
 訟が起こされる余地を残している。
②献身的な介護をした人が責任を押し付けられかねない。
などの批判があります。

以上のような裁判所の判断への批判から見えてくるのは、85歳の妻が91歳の夫を介護しなければならなかったという老老介護の現状と、認知症高齢者の見守りは、家族のみでは限界があるということです。
2025年には約700万人に達するとされている認知症高齢者の見守りにどのように対応していくのかということは、地域社会にとっても大きな課題です。

老老介護と認知症高齢者の見守りに対して、どのように対処していくべきか。ここで参考になるのが地域包括ケアシステムではないでしょうか。
次回は、認知症高齢者の見守りを地域包括ケアシステムの中で実践できないかについてみていくことにします。