医師法21条の誤解を解く見解~医師法21条の解釈をめぐる混迷と誤解~

裁判所

「医師法21条問題」の誤解を解く司法、行政、立法の見解(判断)

(1)司法判断(最高裁判決)
東京都立広尾病院の最高裁判決(判例タイムズ1153号95 頁)で、
「医師法21条にいう死体の『検案』とは、医師が死因等を判定するために死体の外表を検査すること」と明確に判示し、「死体の外表を検案して異状を認めた場合は警察に届け出る」という、医師法21 条の解釈を確立させました。
 つまり、医師法21条は「異状死」ではなく「異状死体」の届出義務を定めているのであって、医療過誤など死に至る過程の異状ではないことを示したのです。

(2)行政判断(厚労省医事課長発言)
2012年10月の「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」で、当時の医政局医事課長が「医師が死体の外表を見て検案し、異状を認めた場合に警察署に届け出る。これは診療関連死であるか否かにかかわらない。検案の結果、異状があると判断できない場合には届出の必要はない。」と発言しました。
また、「旧厚生省が医療過誤による死亡又は傷害を警察に届出るよう指導した国立病院『リスクマネージメントマニュアル作成指針』は、国立病院・療養所および国立高度専門医療センターに対して示したもので、他の医療機関を拘束するものではなく、医師法21条の解釈を示したわけではない」と発言しました。
 これは、厚生労働省が従来の医師法21条解釈を事実上撤回したことを意味します。尚、国立病院の独法化に伴い、国立病院「リスクマネージメントマニュアル作成指針」は既に失効したとの厚労省の見解も伝えられています。

(3)国会判断(衆議院厚生労働委員会)
2014年6月の「衆議院厚生労働委員会」で、当時の厚生労働大臣が、「医師法21条は医療事故などを想定したものではなく、法律制定時から変わっていない」と発言し、先の医政局医事課長発言を追認するとともに、外表異状説を認めました。

 このように、司法、行政、立法の見解が一致しているということで、「医師法21条問題」は、既に解決しているものと考えられるのです。

何よりも、そもそもの誤解を招いた日本法医学会の「異状死ガイドライン」を参照するよう求めていた「死亡診断書記入マニュアル」が今年3月に改訂され、診療関連死・外因死の警察への届出について画期的な変更がなされています。
 具体的には、「外因による死亡またはその疑いのある場合には、異状死体として24時間以内に所轄警察署への届出が必要となります。」と記載されていた箇所が、「医師法第21条では、『医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない』とされています」と変更されました。
 そして、注釈の「『異状』とは、病理学的異状でなく、法医学的異状を指します。法医学的異状については、日本法医学会が定めている異状死ガイドライン等も参考にして下さい。」という箇所が削除されました。

 これまで、診療関連死は全て、死亡から24時間以内に警察に届け出ないといけないかのような誤解を与える文章が修正され、問題の箇所が削除された意義は大きく、医療現場に与える影響も大きいと思われます。

 「死亡診断書記入マニュアル」は毎年改訂されていますが、今年度版は「医師法21条問題」の誤解を解く画期的な改訂がされています。このことをドクターに周知したく、医療事故調査制度の重要な論点として、本稿で取り上げました。
 尚、本制度に関する論点は多岐にわたるため、今後の動向に注視しながらシリーズとして取り上げていく予定です。

~筆者のつぶやき~*****************************
技術的に未熟な時期は誰にでもあります。未熟な手技を「犯罪」として扱ってしまえば医療は成り立たちません。また、まじめに取り組んでいてもエラーは起きます。
それが、過酷な勤務環境が原因で起きたエラーなら、勤務環境を改善し、エラーをした医療者が失敗から学んで次に生かせることが患者を守ることにつながります。
ヒューマンエラーをカバーするのはシステムの問題であって、個人の責任ではありません。システムが構築されていない状態の中で、現場に従事している医師がそれによる責任等を問われるというのは、あまりにも酷としか言わざるをえません。

医療は日進月歩であり、その分野の専門家で、かつ、医療現場をよく理解し、その背後にあるシステム要因を見極める訓練を受けた者でない限り、行った医療行為を評価するのは難しいと思います。エラーをした人は、その瞬間は正しいと思って行動しているので、後で振り返り「こうすればよかった」ということはあり得ます。それに対して、過失があったと言われてしまえば医療は成り立たないし、医療の進歩もなくなります。
 この医療事故調査制度が「医療安全」という本来の目的を達成するために、世界の常識である「WHOドラフトガイドライン」に則った事故調査制度になるよう期待したいものです。
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編集後記++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、今年は、猛暑の名残りにあえぐこともなく、いきなり秋がやってきて、いつの間にか立冬まで過ぎてしまいました。
天はいつも気まぐれに暴れ、一瞬にして、何もかも奪い取ってしまいました。過去に経験したことのない大雨・水害災害で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

人生何が起こるかわかりません。誰もが患者になって、医療者のお世話になり得る可能性があります。病院のあちらこちらで、何度もフルネームを確認されるのは、過去の医療事故から学んだ教訓であり、それが患者自身を守ることにつながる「医療安全」なのです。
真の「医療安全」という目的達成のためには、制度、政策にのみ頼るのではなく、医療者とともに患者自身の協力と意識改革も必要であるということを肝に銘じたいと思います。

今年も、残り1ヶ月余りとなりました。
何事もなく無事平穏に過ごすことができるよう、皆様のご多幸とご健康をお祈り申し上げます。