医療事故調査制度創設には、2つの大きな医療事故が背景となっています。
1つは、前回、冒頭に挙げた東京都立広尾病院事件ですが、もう1つは、帝王切開手術中に妊婦が死亡し、執刀医が逮捕・勾留された福島県立大野病院事件です。
これらは、あまりにも有名な事件なので、ご存知の方も多いかと思いますが、簡単に事案の概要を示します。
因みに、いずれも医療「事故」ではありますが、民事でも刑事でも、一旦裁判所に持ち込まれると、必ず「○○事件」という名称になるので、「事件」と明記することを、予めご了承ください。
<東京都立広尾病院事件・事案の概要>
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1999年2月10日、東京都立広尾病院で患者A(当時58歳・女性)が、左中指滑膜の慢性関節リュウマチ治療のため左中指滑膜切除手術を受けた。
手術は成功し術後の経過も良好であったが、翌2月11日、看護師Bが血液凝固防止のための生理食塩水を注射器に注入する際、誤って別の患者用の消毒液を注入し、その後、看護師Cが注射器内の薬液を確認せずに、患者に対し消毒液を点滴した。
まもなく患者は容態が急変し、心配停止状態となり死亡したという事件。
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当該事件では、当時の病院長等が患者の死亡後24時間以内に所轄警察署へ届け出な
かったこと(医師法21条違反)が問われた裁判で始まり、最高裁 (平成16年4月13日) 判決では、医師法21条の立法当初の目的との整合性、及び、医師法21条にいう死体の「検案」の意義、医師法21条の届出義務は黙秘権を保障する憲法38条1項に抵触するのではないか、という問題にまで発展しました。
結論として、点滴ミスをした看護師2人は、それぞれ業務上過失致死罪で禁錮1年執行猶予
3年と、禁錮8ヶ月執行猶予3年の有罪判決が確定し、当時の病院長等には、患者死亡確認後24時間以内に警察に届け出なかったとして、医師法21条違反の成立を認めました。
この事件以降、「異状死体」であるか否かにかかわらず、多くの診療に関連する死亡事案が、警察へ届けられました。 この「警察への届出」により、診療に関連する死亡は、医療過誤による業務上過失致死被疑事件として、捜査の対象となり、結果として、医療現場への警察介入を増やしてしまったのです。
続いて、福島県立大野病院事件の事案の概要をみてみます。
<福島県立大野病院事件・事案の概要>
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過去の帝王切開痕を持つ妊婦D(当時29歳・経産婦)は前置胎盤で、子宮と胎盤癒着の危険度が高かったため、医師は、出産時の危険性を説明し、大学病院での分娩を勧めていた。
しかし、「大学病院は遠い。交通費がかかる」と妊婦Dと家族は地元の大野病院での分娩を希望した。医師が、手術の説明をした際、「場合によっては子宮を摘出する」と話すと、「3人目も欲しいので、絶対に子宮は取らないで下さい。」と妊婦Dは子宮温存を強く希望していた。
2004年12月17日、妊婦Dは、希望に沿って福島県立大野病院で、帝王切開手術を受け、正常に女児を娩出した。
ところが、続いて胎盤剥離に移ったとき、胎盤はスムーズに剥離できず、医師が子宮をマッサージしても胎盤を剥離することが出来なかったため、手やクーパー(手術で使用するハサミ)を用いて胎盤を剥離した。 医師は、Dの希望を尊重しなるべく子宮摘出しない方向で剥離に努めたが、3分の2ほど剥離した時点で、手やクーパーでは剥がれにくい胎盤癒着が確認されたため、子宮摘出を決断し、子宮摘出手術を開始した。
その1時間後に、子宮を摘出した。 子宮摘出後、Dの状態は安定していたが、最終処置の直前に、Dの容態が急変したため、心臓マッサージをするも約1時間半後、死亡したという事件。
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当該事件は、約1年2ヶ月後の2006年2月18日、執刀した医師の「逮捕・勾留・起訴」に発展し、そのニュースが全国に流れ、医療現場に従事する医療者達を震撼させました。
この事件以降、わが国の産科医療は萎縮、崩壊し、産科医や産科医療機関の数が激減する等、医療現場に多大な悪影響を及ぼしたのです。
つまり、不確実さを伴う医療において、通常の医療行為を行い、患者を救おうと必死に努めたにもかかわらず、不幸にして患者の死という「結果」になってしまった責任を、医師個人に追及したことにより、産科医を希望する若手医師がいなくなったのです。 それにより、地方に住む妊婦が高度な産科医療を必要とするにもかかわらず、適時、適切な治療が受けられないなど、いわゆる出産難民が顕在化し、今なお、国民が不利益を受けています。
福島地裁で当該事件の無罪判決が出たのは、2008年8月20日。
判決は、医師に刑事罰を科すべき過失(注意義務違反)はなく、又、「本件患者の死亡という結果は、癒着胎盤という疾病を原因とする、過失なき診療行為をもってしても避けられなかった結果といわざるを得ないから、医師法にいう異状がある場合に該当」しないので、医師法21条違反の罪は成立しないという判断を示したのです。
当該事件は、折から進行中だった「医療版事故調査制度」の導入論議にも大きな影響を及ぼしました。医療事故に対してどう対応するかという問題や、医療に対する刑事司法の介入の是非について、この事件を機に改めてクローズアップされたのです。
この2つの医療事件の罪名は、いずれも業務上過失致死傷罪(刑法第211条)と異状死届出義務違反(医師法第21条)です。東京都立広尾病院事件では、看護師の単純なミスということで有罪、県立福島大野病院事件は前述のように無罪となりました。
東京都立広尾病院事件の場合、事故の背景(発生誘因)として、事故当時、
① 消毒薬を生理食塩水と同じ色の注射器で計量することが認められていたこと。
② 患者別に薬をまとめた「専用トレイ」を使っていなかったこと。 など、病院内の数々の安全
管理システム上の問題点が指摘されました。
しかしながら、その点は考慮されず、単に禁錮刑以上の刑事罰が確定したからという理由で、機械的に看護師2人は辞めさせられました。
因みに、医師や看護師等が罰金以上の刑に処せられた場合、厚生労働大臣によって免許の取り消し、または期間を定めた業務停止が命じられる等の行政処分があります。 医療事故に対して「なぜ起きたのか」ではなく、「誰が起こしたのか」と対処する、いわゆる責任追及型の対応がとられた象徴的な事件です。
一方、福島県立大野病院事件では、医師は、大野病院において、外来、入院、手術、検査など何もかも1人で担う1人医長でした。ここでは、医師不足という地域の医療提供体制のあり方や、病院自体の医療安全体制の不備という問題点が指摘されました。
因みに、多くの医師や病院は、何らかの事故や訴訟に備え、医師賠償責任保険(病院の場合は病院賠償責任保険)に加入しているのが一般的です。
医師が行った医療上の過失(病院の場合、使用人である医師の医療行為)によって、患者に身体の障害が発生し、損害賠償請求を提起された場合、患者もしくはその遺族に対して負担する賠償金等を補填するというものです。
つまり、医師の医療上の過失が原因で患者に何らかの障害が発生することによって、支払われる保険です。
福島県立大野病院事件の場合、医師の処置や判断、手続きに過失は認められなかったのですが、 妊婦の死という「不幸な結果」に対し、「遺族に全く償いがないことは非情ではないか」と、病院内部で検討し【過失】があったことにする「事故報告書」にして、病院から賠償金を支払う決定をしました。
この「事故報告書」が捜査の端緒となり、結果として、医療現場への刑事司法介入に至ったのです。つまり、報告システムのあり方が問われた事件と言えます。
それでは、この2つの医療事件に共通した罪名で、医師法21条違反とされた医師法21条とは、どのような規定なのか、次回は、「医師法21条問題」について、解説したいと思います。