スタートした医療事故調査制度~医師法21条の解釈をめぐる混迷と誤解~

安全~はじめに~
昨年6月に成立した改正医療法の公布から約1年3ヶ月、いよいよ、この10月1日から、医療事故調査制度が始まりました。

医療事故調査制度とは、「医療に起因した予期せぬ死亡事故」が発生した場合、民間の第三者機関(医療事故調査・支援センター)に報告し、院内事故調査を実施することを義務づけるという制度です。これは、病院に限らず診療所や助産所も対象となります。
 本制度の目的は、医療従事者の責任追及や事故の原因究明ではなく、事故の『再発防止』により医療安全を確保することです。

既に全国各地で、様々な主催者による本制度に関する説明会やシンポジウムが開催されていますが、演者によって説明内容が異なっていたり、質疑応答の場面では、報告対象となる医療事故の考え方から、医師法21条との関係まで様々な質問がされました。中には、制度の内容を未だよく理解していない、あるいは間違って理解している医療者もいるようです。
制度の内容を理解するには、まずは法律、省令、通知などの「原文」に目を通し、正しく条文を読んで正しく理解することが必要です。

本稿では、まず、医療事故調査制度が創設されるに至った経緯と制度の仕組みを概観し、それから、「医師法21条問題」から制度創設に発展した2つの大きな医療事故を紹介します。そのうえで、「医師法第21条問題」に焦点をあて、その解釈をめぐる混迷と誤解について解説したいと思います。

1.医療事故調査制度創設の経緯
医療事故調査制度は、1999年2月に発生した東京都立広尾病院事件の遺族からの「医療事故に対する調査に第三者機関を加えてほしい」という訴えがきっかけとなり、2001年から、国の施策として、医療事故の調査を担う第三者機関の創設に向けた取組みが開始され、実現した制度です。
きっかけは、医療事故の遺族からの訴えから始まりましたが、実は「医師法21条問題」から、医療界からも医療事故の調査を担う中立的専門機関の創設を求める声明が発表されたのです(「医師法21条問題」については後述します)。
とりわけ、2007年から2008年にかけ、医療事故の調査のあり方について様々な論争が繰り広げられ、2008年6月、厚生労働省が「医療版事故調査委員会」創設の法案大綱案(第3次試案)を公表しました。

しかし、法案の一部の文言が、医師の責任追及につながる、との医療界から強い反発が起き、2009年夏の政権交代等で一旦断念されました。
その後、再び政権が交代したことで2013年5月に制度の概要がまとまり、今年2015年10月から、医療事故調査制度がスタートすることになったのです。

医療事故に対する調査の第三者機関の創設に向けた取組みから足掛け15年、様々な議論を経て、合意を得た内容として、ようやくスタートした医療事故調査制度とは、いったいどのような仕組みになっているのでしょうか。

次に、医療事故調査制度の仕組み(概要)について、みていきます。

事故調査概要図

①  病院、診療所、助産所(以下、医
  療機関という)は、「予期せぬ死亡
  事故」が発生した場合、まず遺族
  に説明を行い、医療事故調査・支
  援センター(以下「第三者機関」と
  いう。)に届出る。
② その後、医療機関は、速やかに院
  内で事故調査を実施する(原則とし
  て、外部の医療の専門家の支援を
  受けながら調査を行う)。
③  医療機関は、院内事故調査の結
  果を遺族への説明とともに、第三
  者機関に報告する。第三者機関
  は、調査結果の報告に係る整理・
  分析を行い、医療事故の再発防止
  に関する普及啓発を行う。

      出典:共同通信社

④ 遺族が院内の事故調査に納得できなければ、第三者機関に再調査を依頼する。
⑤ 第三者機関が独自の事故調査を行う。
⑥ 第三者機関が、その結果を遺族と医療機関に報告する。

本制度の報告対象となる医療事故とは、
「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であつて、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかつたものとして厚生労働省令で定めるものをいう。」
と、定義されています(医療法第6条の10)。

判断基準は、「医療に起因したか」、「管理者が予期しなかったか」の二つであり、この二つの要件を満たす死亡又は死産です。医療過誤の有無は報告対象の判断に関係ありません。

特徴は、「医療に起因する予期せぬ死亡事故」いわゆる診療関連死が発生した場合、これまでの医師法21条に基づく「警察への届出」ではなく、「第三者機関への届出」であるということです。つまり、医療界からも医療事故調査制度の創設を求めたのは、医師法21 条に基づく「警察への届出」を回避し、医療現場への警察介入をなくしたい、という希望を反映したものと考えられます。

 また、報告システムも医療者が特定されないよう、第三者機関の調査結果を警察や行政に届けるものではないことから、医療者の責任追及を目的とするものではないことが窺えます。
これは、2005年に発表された「有害事象の報告・学習システムのためのWHOドラフトガイドライン(以下、「WHOドラフトガイドライン」という。)」でいうところの、非懲罰性、秘匿性、独立性、といった考え方に整合的なものとなっています。

「WHOドラフトガイドライン」とは、医療に関する有害事象の報告システムについて、世界各国における医療安全への取組みの基本となっているガイドラインのことです。

目的は、失敗を報告し、再発防止につなげる「学習」です。そのためには、
・非懲罰性(懲罰を伴わないこと)
・秘匿性(患者、報告者、施設が特定されないこと)
・独立性(いずれの官庁からも独立していること)

など、他7項目が重要であるとし、医療安全を推進するための報告制度は、失敗から学ぶためのものであるというのが、世界の常識になっているということです。

 次回は、「医師法21条問題」から制度創設に発展した2つの大きな医療事故についてみていきます。