「選定療養の義務化」の背景(大病院を取り巻く諸問題)―医療保険改革法のポイントをさぐる―

医者困惑25.新制度導入の背景
 5月27日の参院本会議で成立した医療保険制度改革関連法は、少子高齢化に伴い高騰する国民医療費の適正化と国民健康保険の財政基盤の強化等を図るために、都道府県において医療機能の分化・連携と地域包括ケアシステムの構築を図ることを目的としています。

 その中のひとつである新制度は、地域包括ケアシステムの中で重要な位置づけであるかかりつけ医が、患者との繋がりをより強化させることが狙いとしてあります。 

 その理由としては、次の2つの問題に対応する必要があったからです。

(1)フリーアクセスの問題
 フリーアクセスとは、健康保険証さえあれば、誰でも・いつでも・どこででも、日本の全ての医療機関を一律の価格で受診することができる医療体制のことをいいます。
 このフリーアクセスにより、日本が世界から健康長寿国と称されるほどの高い医療水準を維維することができるのです。
 患者にとっては、いつでも好きな医療機関を自由に選択し受診することができるため、とても便利な仕組みなのですが、一方で、病院側にとっては弊害が出ているようです。

 例えば、軽いけがや風邪等、診療所や中小病院でも十分治療ができる症状や傷病でも、「大きい病院だから安心できる」「近所で便利だから」等といった理由で、症状の度合いに関係なく、個人の判断で大病院を受診することができてしまいます。
 そうすると大病院では、軽症患者を含めて外来患者数が増加し、難易度の高い専門的な治療が必要な重症患者等に対する診療行為に専念できず、本来、大病院が果たすべき機能が発揮しにくい状況が起きてしまいます。
 また同時に、病院で働く勤務医にとっては、患者数が増えれば、それだけ診察件数をこなす必要があり、過酷な労働を強いられることになるわけです。さらに、患者の急変時や救命救急に対応するため、十分な休養が取れないまま外来診察にあたる、といったことが日常的に起こっているのが現状です。

 つまり、患者が大病院に集中することで、病院勤務医の労働環境の悪化を招いていることが、このフリーアクセスにおける問題点としてあげられています。

(2)2025年問題
 上述のように、外来患者数の増加に伴い、病院勤務医の負担が大きくなり、大病院としての本来の機能も果たせなくなっている中で、追い討ちをかけるように迫っているのが2025年問題です。

 これまで国を支えてきたいわゆる団塊の世代が、2025年に75歳(後期高齢者)を迎えます。この世代が、医療費等の社会保障費の給付を受ける側に回るため、医療サービス等への需要が急増し、社会保障財政のバランスが崩れることが不安視されています。
 また、高齢になればなるほど、様々な疾患にかかるリスクが高まり、必要な医療を提供できない事態が発生するなど、大病院を取り巻く環境や運営面の悪化が、さらにエスカレートするのではないかといわれています。

 今回、選定療養が「義務化」されることにより、大病院での軽症患者の外来受診が抑制され、混雑緩和と病院勤務医の負担が軽減されることが期待されています。

 しかし一方で、この新制度の導入について、さまざまな課題も指摘されています。どのようなことがあるのか、具体的に見てみましょう。

 

6.新制度の課題
 選定療養を義務化することで、患者にとっては、資金の多寡によって受診できる医療機関に差が生じるため、公平性が保たれなくなるというデメリットがあります。
 半強制的に受診を規制されることで、例えば緊急性を要する疾患の前兆があった場合でも、患者が大病院の受診をためらい、命を危険にさらしてしまうことも懸念されています。

 また、個人の病状に対応できる診療所が身近になく、大病院が「かかりつけ医」の役割を果たさざるを得ない地域もあり、例外規定を設けることも検討すべきとの声も出ています。

 現行の200床以上の医療機関での選定療養費の徴収についても、その効果に対する検証が十分になされていないとの指摘もあります。ある医療機関の事例では、段階的に徴収金額を上げても、外来患者数の抑制に必ずしも繋がっていないとのデーターもあり、どの程度の負担額が患者の受療行動を誘導できるのか、これからより詳細に検討する必要があります。

 次回は、この新制度をどのように捉えるか、医療機関と患者のそれぞれの立場から考えてみたいと思います。