職場におけるメンタルヘルスケアの意義-ストレスチェック義務化に向けてー

残業
厚生労働省の患者調査によれば、うつ病を含むメンタルヘルス疾患の患者は、1996年に43万3000人だったのが、2008年には104万1000人にまで増加しました。
また、2012年に精神障害で労災認定された人は、前年度の1.5倍近い475人に上り、3年連続で過去最多を更新しています。尚、速報値ですが、2014年の年間自殺者数は、25,374名で3万人を切ったものの、2012年までは、年間3万人を超える状態が続いていました。その原因の1つがうつ病とも言われています。
労働災害(略して「労災」)とは、労働者が業務中や通勤途中に、負傷したり、病気にかかったり、障害、死亡する災害のことを言います。労災認定されるかどうかの基準は、その負傷や病気などが業務に起因するかどうかですが、大手人材派遣会社の調査では、ここ数年、過労自殺に、労災認定される率が上がってきています。

↓出典:日経ビジネスオンライン2014年2月25日森岡大地「賛否が分かれるうつ休職予測」
うつ休職予測

なぜ、過労自殺の労災認定が認められやすいのか、労災の過労死認定基準は月80時間を超える残業と言われていますが、その労災認定される特徴というのがあります。

それは、
① 常軌を逸した長時間労働
② それに対して事業者、管理者が適切な措置を講じなかった
③ うつ病などの精神疾患に罹患
というふうに、入り口は必ず長時間労働で月80時間を超える残業と過労死や過労自殺との関連性が認められています。
うつ病などの精神疾患が、長時間労働などの業務に起因して発症し、自殺に至ったならば、その自殺は本人の自由意志ではないという見解です。つまり、前回ご紹介したようなうつ病の症状だと、正常な判断能力が低下するため、自殺を思いとどまる抑制力が阻害されるというものです。

前掲の調査によると、労災認定された自殺者のまさに92%が自殺前にうつ状態になっており、過半数の
ケースで自殺前月に100時間以上の残業をしていました。

ここで、日本の過労自殺の歴史上重要な事件(大手広告代理店社員のうつ病自殺事件)の判例を
ご紹介します。

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事案の概要
A(男性、24歳)は、大学卒業後の平成2年4月、Y社に入社し、同年6月ラジオ関係部署に配属されました。
Y社では、従業員は、実際の残業時間よりも少なく残業時間を申告する状況になっており、Aもそれに倣っていました。
Aは、入社した年の7月くらいから慢性的な長時間労働に従事していました。Aの上司らは、このような状況を認識していましたが、Aの上司は、Aに対し、「業務は所定の時間で終わらせ、きちんと睡眠をとり、それでも終わらなければ、翌朝早く出勤して行うように」と指示しただけで、そのほかは何もしませんでした。
平成3年1月以降、帰宅しない日があるようになり、その年の7月には元気がなく顔色も悪い状態となりました。さらに、8月に入ると、「自信がない、眠れない」と上司に訴えるようになったほか、異常行動も見られ、遅くともこの頃までにうつ病に罹患しました。
そして、わずか入社1年5か月後の平成3年8月27日、自殺してしまいました。
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この裁判の争点は、会社側の安全配慮義務違反の有無でした。

Y社は、
①健康診断の結果は問題なかったこと。
②深夜残業者への措置を取っていたこと。(深夜残業者への宿泊施設の提供や補助などの制度のこと)
など、安全配慮義務の履行を主張しました。

判決は
①長時間残業とうつ病との間に相関関係が認められる。
②上司らはAの変化に気付きながらも何も具体的な対策を講じなかった。
として、会社側の安全配慮義務不履行を認定しました。(最高裁平成12年3月24日)

結論としては、二審(高裁)の損害額の算定(減額)についての判断を破棄、差戻しとされましたが、その後の差戻審において、最終的には、会社が約1億6,800万円を支払うとの内容で和解が成立しています。

過労自殺の事案において、企業に対する安全配慮義務違反を理由とする損害賠償を認めた最初の判例です。
この判決をきっかけにして、同様の事案において使用者である事業主を相手取った損害賠償訴訟が相次ぐようになり、原告となる被害者家族の主張が認められるケースが続出するようになりました。
いうなれば、この判決は、遺族救済という観点に立てば、労災保険制度による補償ではカバーしきれない損害を補填する新たな道を切り拓いた画期的な判決といえます。

では、裁判の争点となった「安全配慮義務」について、少し解説しておきましょう。

◆安全配慮義務
安全配慮義務とは、事業主である使用者の「労働者がその生命、身体等の安全(心身の健康を含む)を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をすべき義務」のことを言います。
これまでは、雇用契約に付随する義務として判例解釈上の確立した考え方でしたが、平成19年に成立した労働契約法(平成20年施行)において初めて明文化されました。
これにより、労働者の健康や福祉に配慮することが、事業主である使用者の法律上の責任となりました。

定期健康診断などを実施しているからといって、労働者の健康管理に必要な措置を講じたとはいえず、残業や休日出勤など長時間労働により労働者が体調を壊せば、事業主は労働者の健康について安全配慮義務を怠ったとして、労働者から治療費や慰謝料を請求されることもあります。
この安全配慮義務が、まさしく厚生労働省が定めたメンタルヘルス指針の「ラインによるケア(以下「ラインケア」という。)」のことを指し、この「ラインケア」を目的として、ストレスチェックが義務化されるのです。

次回は、「ラインケア」とは何なのか、「ラインケア」を謳った厚生労働省のメンタルヘルス指針を概観します。