-はじめに-
昨年の通常国会で成立した改正労働安全衛生法により、今年12月から、従業員50人以上の事業主は、全従業員へのストレスチェックが義務化されます。
これは、厚生労働省が定めたメンタルヘルス指針の「ラインケア」を目的としたもので、事業主が実施したストレスチェックの結果、従業員が希望した場合は、産業医などの医師による指導が受けられるようにするというものです。
一方、日経メディカルオンライン調査によると、約8割の医師が多忙で日常的にストレスを感じており、産業医を含む半数以上の医師がメンタルヘルス不調を感じながらも、自身のメンタルヘルスについては、他の専門医に相談することもできず、1人で抱え込んでしまっている医師が多いといいます。
最近よくメディアやインターネット上で、「ブラック企業」という言葉が出てきます。社員の健康管理を無視して、長時間労働やサービス残業を強要する会社というような意味で使われているようですが、患者の治療を本質的な目的とする医療現場は、患者の都合にあわせて働くことが多いため、ある意味、ブラックな世界ともいえます。
安易な刑事告発や医療訴訟が引き金になることもありますが、モンスター患者やコンビニ受診など、現代社会のひずみが患者モラルを低下させ、医療従事者は、どこまでも「やって当たり前」、時には、患者からの理不尽な要求にも応えなければなりません。
近年、そんな医療現場で働く人が、そのストレスからメンタルヘルス不調になり、休職したり、離職したりするケースが増加している傾向にあります。もはや、企業のみならず医療機関も、職員のメンタルヘルスの把握に本腰を入れなければならない時代に突入したと言えるでしょう。
そこで、本稿では、ストレスチェック義務化に向けて、メンタルヘルスに関する基礎知識をおさらいするとともに、国の定めたメンタルヘルス指針やストレスチェック制度のポイントを概観し、職場におけるメンタルヘルスケアの必要性と役割について考えてみたいと思います。
◆メンタルヘルスの基礎知識
メンタルヘルス(mental health)を直訳すれば「精神的健康」となりますが、世界保健機構(WHO)のWHO憲章前文の「健康」の定義に従うと、「病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること(日本WHO協会訳)」をいいます。
つまり、「心が健康であるということは、精神に病気や障害がないこと、著しい不安や悩みがない、ということも大切ですが、人生に希望や目標をもって、自己実現のできる状態」を包含する積極的な概念であると言われています。
働く人のメンタルヘルス不調は、ストレス過多の状況下においては、どの業種でも誰でもかかり得る病気ですが、正確な知識とスキルを持つことで対策が立てられます。
まず、メンタルヘルス不調の原因となるストレスとは何かについてみていきます。
1)ストレスって何?
ストレスとは、元々は物理学の分野で使われていた用語で、物体の外側からの圧力によって、物体が歪んだ状態のことを言います。外側からの圧力のこと(下図「厚生労働省『こころの耳:働く人のメンタルヘスルサポート』公表資料より一部転載」のように、指で風船を押すこと)を「ストレッサー(ストレス要因)」といい、その圧力によって物体に歪みが生じた状態を「ストレス反応」といいます。
元来は「ストレス反応」のみを「ストレス」と称していましたが、現代では、「ストレッサー」のみを指す場合と、「ストレス反応」とあわせて全体を称して「ストレス」という場合もあります。
これらの用語をメンタルヘルスの世界で使えば、過重労働や人間関係、近親者やペットをなくすことが「ストレッサー」であり、それによって身体面、心理面、行動面に生じる様々な影響が「ストレス反応」と言う事になります。
身体面の影響としては、不眠、疲労、肩こり、頭痛など、心理面では、不安、イライラ、悲しみ、焦りなど、また、行動面の影響では、仕事のミス、集中力の低下などが挙げられます。
次に、ストレスと病気について、どのような病気があるのか、以下に、その具体例を挙げます。
2)ストレスと病気
・心身症…心でおきる身体の病
心身症とは、病気の名前ではなく、心の不安が原因の病態の総称をいいます。
症状は、頭痛、耳鳴り、めまい、不眠、下痢、胃潰瘍、自律神経失調症、アレルギー性鼻炎
過敏性腸症候群、口内炎など…
・神経症…心でおきる心の病
パニック障害、恐怖症、強迫性障害、外傷性ストレス障害(PTSD)など…
・うつ病…心の病の代表例
下記症状のうち、5つ以上が2週間以上継続し、毎日何気なく繰り返してきた行動がつらく
なったり、できなくなる状態
① 憂うつ・沈んだ気持ち
② 興味・楽しみの消失
③ 食欲低下や体重減少
④ 睡眠障害(不眠、睡眠過多)
⑤ 動作緩慢・落ち着き欠如
⑥ 疲労・気力低下
⑦ 無価値観・罪悪感
⑧ 集中力低下
⑨ 希死念慮(自殺願望)
ストレスは、過重労働や近しい人との死別など望ましくない出来事ばかりでなく、昇進や栄転、結婚など一般的に望ましいと思われる出来事も含みます。何をストレスと感じるか、人によって様々で、これら望ましくない出来事、一般的に望ましい出来事を短期間に続いて体験した場合には、自分でも気づかないうちにストレスが高まっていることがよくあります。
厚生労働省のポータルサイト「こころの耳:働く人のメンタルヘルスサポート」によると、「ストレスによる変化には、本人が自覚しやすいものと、周囲のほうが気づきやすいもの」があるため、「職場の仲間や友人、家族などから、『最近少し様子がおかしい』とか『疲れているようにみえるよ』といった助言があれば、それに耳を傾ける」ことが何よりも大切です。
今年12月から始まるストレスチェック制度の目的は、労働者自身のストレスへの気付きを促すとともに、ストレスの原因となる職場環境の改善につなげて、労働者のメンタルヘルス不調を未然に防止することにあります。
もちろん、メンタルヘルス不調の要因としては、職場だけではなく、家庭問題、健康問題、経済的問題など様々ですが、一般的に1日の3分の1以上は職場で過ごすことが多いため、職場でのメンタルヘルスケアが重要とされています。
次回は、職場におけるメンタルヘルスケアの意義についてみていきます。