医療従事者の労働環境の実態ー医療分野の「雇用の質」向上プロジェクトー

今回は、実際に医療現場で働く人の労働環境の実態についてみていきます。
まず、看護師の労働環境についてみてみましょう。
看護師
◆看護師の労働環境の実態
看護職は、24時間365日存在する患者の生命と健康を守るため、夜勤・交代制勤務を行いながら、患者の療養の世話をする職業であると同時に、人の生命を左右する判断や処置など、強いストレスや心身の緊張感を伴いながらの職業でもあります。
問題は、夜勤・交代制勤務と長時間勤務などが原因の過労死や、夜勤時間帯における重大な医療事故が発生していることです。

日本看護協会が行った病院看護職の夜勤・交代制勤務等実態調査(2010年調査)によると、77.3%が月1回以上【日勤】→【深夜勤】、10.8%が【準夜勤】→【日勤】という勤務間隔の短いシフトを行っていました。
このような勤務間隔の短いシフトが、実質的に24時間以上にわたって十分な休息なく活動していることになり、看護師の交代制勤務を過酷にしている一因となっています。

例えば、
・日勤(8時30分~17時30分)
・準夜勤(16時30分~翌1時30分)
・深夜勤(0時30分~9時30分)
 という3交代制勤務で、【日勤】→【深夜勤】シフトだとした場合、【日勤】終了時間から【深夜勤】開始時間までの勤務間隔は7時間です。【日勤】で定時の17時30分に帰ることができる日はほとんどないそうで、仮に【日勤】で定時に帰ることができず、19時過ぎまで残業したとします。残業を終えて一旦帰宅するも、わずか3時間ほどの仮眠をとっただけで病院に戻り、そのまま【深夜勤】に入るという勤務スタイルが常態化しているということになります。
また、「申し送り」と称される引き継ぎはサービス残業とされる場合も多く、慢性的な疲労につながり、過労死にまでは至らなくても、体調を崩したり生活との両立ができなくなったりして、離職を考えざるを得なくなっているという状況で、夜勤・交代制勤務と生活の両立の難しさは看護師の離職の主な要因となっています。

学会では、このような長時間労働に加えて、患者の高齢化や重症化、医療の高度化で年々厳しさを増す労働環境から、毎年5万人近い新卒看護師が誕生しているにも関わらず、10万人以上が辞めていくという報告がありました。また看護師資格を持っていながら働いていない「潜在看護師」は現在70万人ともいわれ、再就職支援も進んでいないというのが現状だそうです。

続いて、勤務医の労働環境の実態についてみてみましょう。医師は、応招義務との関係で患者を断ることができない、ということが大前提となります。(医師の応招義務については、発行済みのMedical News第4号をご参照ください。)

◆勤務医の実態
日本の労基法は、労働時間が長くなれば長くなるほど割増賃金を増やすことで、長時間労働を抑制する制度を採っています。本来、スタッフに長時間労働をさせれば、一般企業にとっては、人件費が増え経営効率が悪くなるのですが、医療機関はそうではありません。
医師
特筆すべきは、「当直」とよばれる医師の長時間労働です。先に述べたように、患者は24時間365日存在します。入院や救急を行なっている病院では、当然、夜間・深夜の患者対応が必要で、勤務医には「当直」が科せられます。
しかし、一般的には、「当直」は労働時間として扱われていません。その理由として、労基法第41条に
「監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの」は、労働時間、休憩及び休日の適用除外となる旨が規定されていることを挙げています。「監視又は断続的労働に従事する」とは、例えば駐車場の監視業務、守衛など、及び宿日直勤務に該当する業務などがあります。つまり、医療機関が適用除外の許可を受けていれば、医師の「当直」時間について時間外労働とは判断されず、割増賃金の支払も要しないということです。

しかし、それは、勤務態様が「常態としてほとんど労働する必要のない勤務」であることを意味し、通常の労働と比べて労働密度が低く、仮眠が充分取れること、つまり、労働時間、休憩、休日の規定を適用しなくても、労働者の保護に欠けることがないことが前提です。(昭22.9・13発基17)

実際はどうでしょうか。夜間・深夜の患者対応をしなければならない「当直」は、通常勤務の延長に他ならず、仮眠もとれない状況が日常化し、当直明けにそのまま次の勤務(日勤)に入るケース「日勤-当直-日勤」という32時間を超える非常識な勤務体系が多いというのが実態です。
こうした勤務医の長時間労働は心身を損ない、疲労が蓄積した医師の治療を受ける患者の医療安全にかかわるリスクを内包していることを、私達が認識しなければならないでしょう。

この「当直」とよばれる医師の長時間労働について、注目すべき訴訟を紹介します。
昨年2月12日、医師の当直時間を巡る裁判について最高裁判所から判断が下され、宿日直を労働と認め、奈良県に1540万円の支払を命じる判決が確定しました。
この訴訟については、多くのメディアで取り上げられていたためご存知の方も多いと思いますが、以下、概要を述べます。

**************************************
2006年12月、県立病院の産科医2人が宿日直や宅直のために病院や自宅にいた時間が勤務時間にあたるとして、奈良県に対し、2004年から2005年の時間外手当て未払い分、約9230万円の支払を求め民事訴訟を提起しました。
一審、奈良地方裁判所は2009年4月、原告の宿日直業務が「産科医は待機時間も労働から離れていたとはいえず、当直開始から終了まで病院の指揮下」にあり、「常態としてほとんど労働する必要がない勤務」に当たらないとして、県に時間外の割増し分1540万円の支払いを命じました。
一方、休日も呼び出しに備え自宅で待機する「宅直」については「病院の指揮命令下にない」として原告の請求を退けました。
この一審判決を受けて、産科医、県の双方が控訴。2010年11月に大阪高裁は、県、産科医双方の訴えを棄却し、一審判決を支持したうえで「県は、複数の当直担当医を置くか、自宅待機を業務と認め適正な手当を支払うことを考慮すべきだ」と言及しています。今回、最高裁が上告審として受理しなかったことから判決が確定した。
というものです。(2013.2.13 全国各紙参照)
**************************************

民事訴訟ですから、お金の問題となっていますが、当然ながらその背景として、「夜間や休日の当直業務が、労基法で規定された時間外手当の支給対象となるか」が主要な争点であることにご留意ください。
今回の最高裁の決定は、長時間の過重労働下に苦しむ勤務医にとって極めて重要なものであり、過労死をはじめとする日本の異常な勤務医労働を改善する上で大きな一歩と言えます。この判決以降、労働基準監督署が医療機関に対し、医師の当直に割増賃金を支払うよう勧告する例が相次いでいるようです。

「医師は聖職」などという美辞麗句に隠れ、「休日出勤、サービス残業は美徳」であるかのごとく風潮を生み出し、日常的に「日勤」⇒「夜勤」⇒「日勤」という過酷な連続勤務が通常業務と思ってこなしてきた多くの医師達にとっては、この訴訟はびっくりするような判決結果であったかも知れません。しかし、昨今の医療訴訟の急増に伴い、インフォームドコンセントの徹底による書類業務や高度医療を行う医療機関への患者集中などが起こり、過重労働の過酷さは一線を越えました。
前回の冒頭に挙げた「立ち去り型サボタージュ」と言う現象が発生する時代になり、ようやく医師の労働環境改善を図らなければ、患者にとっても良いことはないのだ、という機運が出てきたのです。

以上、医療従事者の長時間の過重労働は極めて重要なものであり、「このままで良い筈がない」と、まず、日本看護協会が「働き続けられる職場づくり」の取組みを開始し、続いて日本医師会などの職能団体、そして学会が動き出し、ようやく行政(厚労省)が、厚労科研特別研究事業として動き出した、という経緯があります。

今、まさに、医療の質、医療安全、地域医療確保のためにも医療従事者が健康で安心して働くことができる環境整備は喫緊の課題となりました。

次回は、医療従事者の勤務環境整備について、行政はどのように取り組むのか、医療分野の「雇用の質」向上プロジェクトの考え方と、医療勤務環境改善システムの概略について、ご紹介します。