-はじめに-
3月6日、日本医師会主催の「医療政策シンポジウム」に参加して来ました。著名な経済学者達が、「これからの社会保障を考える」をテーマに、これまでの日本経済がもたらした混迷、これからの社会保障のあり方について、それぞれの考えを述べた後、パネルディスカッションするのです。
経済の専門家は、「アベノミクス」の『3本の矢』の『矢』は【失】であると表現したり、自民党政権になって一時的にムードは変わったものの、1980年代のバブル再来の可能性がある等、今、メディアを賑わせ支持を得ている「アベノミクス」の評価とは真逆の評価で驚きました。
主催者である日本医師会は、TPP参加によって国民皆保険制度が崩壊するのではないかとの懸念から、
① 公的な医療給付範囲を将来にわたって維持すること。
② 混合診療を全面解禁しないこと。
③ 営利企業(株式会社)を医療機関経営に参入させないこと。
の3 つが絶対に守られるよう厳しく求めていました。
そこで、今回は、TPP(環太平洋連携協定)交渉参加に関する議論で注目されている「混合診療の全面解禁」について、そもそも混合診療とはどういうことなのか、なぜ、混合診療が問題になっているのかを、日本医師会や厚生労働省の見解を参考にしながら考えてみようと思います。
◆混合診療とは
混合診療とは、保険診療(健康保険の範囲内でできる診療)と自由診療(保険の範囲外の診療)を混合して行うことを言います。現在の日本は国民皆保険制度が基本であり、患者の自己負担は最大でも3割、残りの7割は保険者が分担して支払う仕組みになっています。
下記の図で、青色部分が「保険診療」、オレンジ色部分が「自由診療」だとすると、「自由診療」は健康保険の範囲外なので(保険がきかないので)、患者の自己負担となります。
http://www.med.or.jp/nichikara/kongouqa/qa/03.htmlより転載
現在、図のような混合診療(健康保険の範囲外に関する費用を、別途、患者から徴収すること)は一部の例外を除き、禁止されています。
診療行為の一部に、保険のきかない診療が含まれる場合、その疾病に関する一連の診療費用は、初診に遡り保険内診療(青色部分)も含め全て「自由診療」として全額患者負担となるルールになっています。
◆混合診療禁止の問題点
では、混合診療の何が問題になっているのでしょうか、
例えば、海外で認められた診療行為や医薬品が、日本ではなかなか保険適用と認められないことから、患者にとって必要な医療行為の一部が保険外診療になってしまう場合、保険内診療も含め全て「自由診療」となるため、高額の負担額が患者を苦しめているという問題があります。
つまり、患者が希望する最先端の医療技術の導入が制限されかねないことになるという深刻な問題です。
混合診療禁止の問題点を、具体的な一例を挙げてみてみましょう。
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ヘリコバクター・ピロリ菌感染症、除菌治療が胃炎に保険適用されます
(保医発0221第31号 平成25年2月21日)
厚生労働省は、平成25年2月21日、慢性胃炎と診断された患者の「ピロリ菌」除菌治療法を保険診療で行うことを認可しました。
「ヘリコバクター・ピロリ感染の診断及び治療に関する取扱いについて」↓
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ピロリ菌は胃粘膜に住みつき、胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍及び胃がんを引き起こす細菌で、1994年(平成6年)世界保健機関(WHO)によって、ピロリ菌が胃がんの原因であると認定されています。
ピロリ菌による炎症が継続すると、胃粘膜に異常を引き起こし、胃粘膜の萎縮を伴う萎縮性胃炎になります。胃粘膜の損傷や異形成が起こりやすくなると、場合によっては胃がんにつながるということです。
胃がんのうち、ピロリ菌の関与しないものは1%未満とする報告(2論文)もあり、「ピロリ菌なきところに胃がんなし」と言われるくらい、日本人の2人に1人は感染していているとされる隠れ国民病となっています。しかしながら、ピロリ菌に感染しているか否かの検査及び治療については、保険適用となる①疾患、②検査方法、③治療方法が限定されています。
日本では2000年(平成12年)から「胃潰瘍・十二指腸潰瘍」を発症した患者のみに、健康保険適用でピロリ菌の感染診断及び治療が認可されていましたが、2013年(平成25年)になって、ようやく「平成12年10月31日保険発第180号」の一部が改定され、胃潰瘍、十二指腸潰瘍のみならず、慢性胃炎にまでピロリ菌治療の保険適用が拡大されたところです。
2000年から今年2013年1月まで、ピロリ菌感染検査及び診断が保険適用で認められていたのは「胃潰瘍・十二指腸潰瘍のみ」でした。言い換えれば、この十数年間「出血や粘液の付着を伴うような強い胃炎で、ピロリ菌が強く疑われる場合でも、潰瘍や胃がんに進行するまで治療ができなかった」ということになります。
もちろん、医療行為自体が禁じられているわけではないので、慢性胃炎の段階でピロリ菌除菌治療を行うことは可能です。しかし、保険請求できないため、結果的に患者の全額自己負担になります。
と、いうことは、患者が複数の診療科を受診している場合など、同日に保険診療を受診することはできず、「ピロリ菌治療のためだけに別の日に改めて通院する必要があり」また、臨床現場の医師にとっても、「保険診療のカルテとは全く別の新しいカルテを作成しなければ」ならないし、「ピロリ菌の治療を行う日に他の保険診療の薬を処方することも、保険診療の診察を行うこともできない」ので、医療行為自体が制約を受けてしまう結果になります。
つまり、混合診療が厳しく制限されている日本では、この十数年間、胃炎の段階でのピロリ菌除菌治療はほとんどの病院で、事実上不可能であった、ということです。
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このようにみると、混合診療が認められた方が、患者の負担は軽くなり、一見良いことのように思います。
では、なぜ混合診療が禁止されているのでしょうか?
◆混合診療禁止の理由
厚生労働省及び日本医師会の見解をまとめると、「平等な医療を受ける機会を保障した皆保険制度の趣旨に反する」というのが主な理由です。
具体的には、以下の理由から、一部の例外を除き混合診療は認められておりません。
① 患者の負担を抑える
国は、財政難(医療費削減)を理由に、保険の給付範囲を見直そうとしています。このことから、混合診療が認められると、今まで保険適用だった治療が保険のきかないものに変更される可能性があり、患者の負担が大きくなることが考えられます。
② 安全性、有効性の確保
安全性、有効性等が確認されていない医療が保険診療と併せ実施されてしまうなど、科学的根拠のない特殊な医療の実施を助長するおそれがあります。
③ 医療の平等の確保
海外でできる治療が、日本では保険診療として認められるのに非常に時間が掛かるという問題があります。
患者側からすると、医師に「国内では未承認なので費用もかかるが、海外では認められており効くかもしれない治療法がある」と言われたら、たとえ費用がかかったとしても、その治療法を希望する方もいるでしょう。
また、逆に医療側からすると、海外で認められているのだから、国内では未承認でもその医薬品、先進的な医療技術を用いて患者を救いたいと願う医師も少なくないと思われます。
そうなると、次第に「お金にゆとりのある人は高度な医療を受けることができ、そうでない人は自分の財力に見合った医療しか受けられない」ということになってしまう可能性が考えられます。
つまり、このことが「どこでも、誰もが、安心して必要なときに必要な医療を受けられる」という国民皆保険制度の考え方に相反しており、医療提供者の立場では受け入れ難いとされています。
が、事実上、混合診療の一部は禁止されています。次に、その例外をみてみましょう。
◆混合診療禁止の例外
例外として認められている保険外併用療養費は、次の「評価療養」と「選定療養」の2つに大別されます。自由診療であっても「評価療養」と「選定療養」として認められているものについては、別途患者から費用徴収でき、保険診療部分についての保険給付を認めているというものです。
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◆混合診療が認められている特例
(1)評価療養
「評価療養」は、新しく高度な診断や治療で普及度が低い医療技術を指し、保険給付の対象とすべきか否か評価を行うことが必要なものとして厚生労働大臣が定めたもので、いずれ保険対象となることが前提です。
(2)選定療養
「選定療養」は、入院時の個室や予約診察等を指し、差額ベッドなど患者さんのアメニティ(快適性)に関わるもので、そもそも診療行為ではないので、その部分で患者から費用を徴収しても「混合診療」には該当しません。
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冒頭の図でいうと、オレンジ色の部分が、「評価療養」か「選定療養」に該当すれば、そのオレンジ色の部分は別途、患者から徴収でき、青色部分の保険診療についての保険給付も認められるというものです。
このように、混合診療の一部は現在も認められていますが、これらは段階的に認められてきたものです。今後も必要性に応じて慎重に拡げるのは、財政面の問題からも避けられないと思います。
しかし、「混合診療全面解禁」にすると、どうなるでしょうか。
TPP交渉への参加表明で「混合診療」に関する議論が注目されているのは、アメリカの保険会社や製薬会社等が、日本への市場拡大のため、「混合診療全面解禁」を要求してくることが想定されるからです。
最後に「混合診療の全面解禁」をめぐる議論について考えてみましょう。